第18話『I'll dream of you again』 scene18「ごめんねぇ~。待ったでしょ。何だか晋さん胃カメラヘタクソでさ。何度も動かされた上に彼の叔父さんだっていう大先生まで出てきちゃって・・・。終わった後気持ち悪くなって吐いちゃったし・・・ねえ、それよりやっぱり妊娠してたみたい・・・私もね。何だか男の子のような気がするのよ・・・いやぁ~私たちの子供だって。どんなのが出てくるのかなぁ~何だかわくわくしちゃうね・・」 検査中よほど暇だったのか揺は病室に入ってくるなり堰を切ったようにそうビョンホンにまくし立てた。 「わかったわかった・・・何だか大変だったみたいだね。どう。今は気持ち悪くない?」 「うん。もうおなかすいちゃって気持ちが悪いわよ。ビョンホンssi食事は?」 「揺が戻ってきたら一緒に食べようと思って待ってたから俺もペコペコだよ。」 「あ・・・ごめんね。もう、晋さんに美味しいものおごらせよう。」 「うん。それなら最高級フランス料理フルコースだな。」ビョンホンは思い切り元気に言った。 「うん。そうね。フォアグラ・・キャビア・・・あ・・でもここ病院よね。あ、いっそのこと逃亡しちゃおうか・・・」揺はそういうとケラケラと笑った。 「今、知り合いの大学病院の病理に大至急頼んでるから明日には検査結果が出る。手術は出来るだけ早いほうがいい・・・おじきのよく知っている腕の立つ先生紹介するから。病気のことは任せておけ。あいつのメンタルな部分を支えられるのはお前だけだから・・」 晋作が最後に言った言葉が頭をよぎる。 今夜を逃したら揺はしばらく楽しい食事も美味しい食事も食べられないだろう・・・。 そう思うとビョンホンはどうしても彼女に美味しくて楽しい食事を今夜のうちに食べさせたくなった。 「揺・・・逃げよう。」 「えっ、うそ。本当に?逃げるの?」 「飛び切り美味しいもの食べてこいよ・・。」 白金の住宅街を手を繋いで走る二人を晋作は3階の窓から見つめていた。 白金の高級住宅街。 土地勘の全くない二人はフラフラと歩いていた。 「・・・・何だかお屋敷ばっかりね。お店なんかあるのかな。でも、結構隠れ家レストランとかいう特集やってるとこの辺出てきそうだから・・見つけたらすごいところかもね・・・」 揺はまるで探検家のようにわくわくした顔をして通りの建物を物色していた。 そんな揺を横で見つめるビョンホンはこれから彼女を待ち受ける過酷な運命を思い胸が痛くてたまらなかった。この最愛の彼女をどう支えればいいのか・・・ 「ちょっとビョンホンssi真面目に探してるの?全くいくら美人だからって見とれすぎよ」 じっと自分の顔を見ているビョンホンに向かって彼女は冗談交じりに笑ってそういった。 「どこに美人がいるんだよ。あんまり飢えたハイエナみたいな目してるから怯えて釘付けになってたんだよ」ビョンホンは至って平静を装いそう返した。 「だって・・・・本当におなかすいて死にそうなんだもん。ううっっ・・もう歩けないかも・・・」 揺はふざけてしゃがみこんだ。 「ほら。」 「何?」 「乗れよ」 「何で」 「だっておなかすいて死にそうで歩けないんだろ」 「いやだ。冗談よ。あなただっておなかすいてるじゃない。私より」 「いいから。早く。乗れ」 「え~。そう?じゃ、折角だから・・乗っちゃおうかな。」 揺は嬉しそうにそういうとビョンホンの背中に飛び乗った。 「大丈夫?」揺が心配そうに声をかける。 「意外に軽いな・・・あ・・胸ないからか・・」 「もう・・ビョンホンssiったら。」揺はそういうと彼の頬をつねった。 「痛いよ・・。大人しく乗ってろ」ビョンホンはそういうと揺を背負って夜の街を歩き始めた。 「あったかくて気持ちいい・・・」揺が揺られながら彼の背中に頬を当てつぶやいた。 ビョンホンはそんな上機嫌の揺が・・・たまらなく愛しくて明日のことを思うとたまらなく切なくて・・・涙がこみ上げてくるのを抑えることが出来なかった。 泣いていることを気づかれないように鼻を必死ですする彼。 「どうしたの?いやだ。風邪引いた?ほら、ティッシュ」 揺はポケットに入れていたティッシュを差し出し彼の顔を覗こうとしたがビョンホンは片手でティッシュだけ受け取ると顔を背けて鼻水と涙を慌てて拭った。 「ああ。風邪みたいだ・・」そう答えるのが精一杯だった。 「こじらせたら大変じゃない。あったかいもの適当に食べて病院に帰ろうよ・・何がいいかな・・・・しかし・・お店ないね。」 そういいながらキョロキョロあたりを見回す揺の目に一人の老婆が途方に暮れる姿が映った。 「悪いねぇ~。背負ってまでもらっちゃって・・・あんたは大丈夫なのかい?」老婆が申し訳なさそうにつぶやいた。 「あ、大丈夫です。彼、力持ちですから。それに私はお腹がすいてただけで・・ふざけておんぶしてもらってただけですから。」揺はそうテレながら答えた。 「あら、歩けないくらいにお腹がすいてるの。可哀想に・・そうそう。その荷物の中にりんごが入ってるからお食べなさいよ。」 「えっ、りんごですか?わっ、美味しそう・・・えっ、本当に頂いていいんですか?」 「どうぞ」老婆は揺れながらにこやかに答えた。 「じゃ、遠慮なくいただきます。」揺はそういうと袋からりんごを取り出しシャツでさっと拭いてガブッとかじった。 「美味しい~~~~~あ・・・・・・ごめん。」 かじった途端、揺はビョンホンのことをすっかり忘れていたことに気づいた。 「ごめん・・あんまりお腹すいちゃって・・・ほら、あ~~んして。」 揺は老婆を背負って歩いているビョンホンの口元にりんごを差し出した。 老婆を背負いながら明日からのことばかり考えていたビョンホンは不意にりんごを差し出され少し慌てた。 「えっ?」 「ビョンホンssi聞いてなかったの?おばあちゃんが食べなさいって」 揺は不思議そうにビョンホンを眺めた。 「俺もお腹すきすぎちゃって思考が停止してるな・・」彼はそう言って笑うと揺の差し出した食べかけのりんごを大きな口でかじった。 「美味しいでしょ?」そう問いかける揺にビョンホンは短く「うん。すごく美味しいよ」と答えた。 「おばあちゃんの息子さんち住所からするとこの辺りなんだけどな・・・」 「10年ぶりに来たら何だか全然変わっちゃって・・」老婆が困ったように言った。 「東京は1年でもお店とか無くなっちゃったりしますからね。」 揺はきょろきょろ見回しながら老婆の息子の家を探していた。 「あ・・・ここ。ここよ。」 老婆が慌てて指し示した場所には渋い暖簾がかかった一軒の小さなうどん屋があった。 「本当にご迷惑おかけしました。かあさん、一本電話くれれば迎えに行ったのに」 うどん屋の店主である息子は三人に温かいお茶を出しながら小さくなった彼の母に優しくそういった。 「だって。すぐわかると思ったし。あんたも忙しいだろうと思ってさ。ねえ。この人たちね。何でもお腹がすいて死にそうらしいから美味しいのお腹いっぱい食べさせてあげてくれるかい。」彼の母はビョンホンと揺の顔をにこやかに眺めそういった。 「ええ。いくらでも食べてってください。今、急いで作ってますから。じゃ、ごゆっくり。」 店主はそういうと足早に小さな厨房に消えた。 「あれ、あんた・・・さっきは暗くてわからなかったけど・・えっと・・・イ・ビョンホンssiじゃない。あれ、まあ、何だってこんなところに。」 老婆はそういうとビョンホンに向かって手を合わせて拝みはじめた。 「ちょっと・・おばあちゃん・・」慌てる二人。 「ああ。内緒なのね。大丈夫。私も息子も口は堅い方だから。それに私はヨンジュンssiのものだから・・・」老婆はそういうと恥ずかしそうに頬を赤らめた。 「そうですか・・・ペ・ヨンジュンさんの・・・・冬ソナお好きなんですね。」 揺のそんな一言で彼女の彼への熱い想いが堰を切ってあふれ出す。 揺はそれを受け止めるのに必死で隣のビョンホンがいつになく口数が少ないことに気づいたのはもうだいぶ経ってからだった。 「ビョンホンssi・・・喋れないくらいお腹すいちゃった?」 ビョンホンはそう心配そうに訊ねる彼女の手を椅子の下でそっと握り微笑む。 (今夜、彼女に美味しい楽しい食事を食べさせてあげたい・・・) 彼は心の底からそう思った。 「美味しい~~~~。ね、ビョンホンssiこの釜揚げうどん最高よ。」 「こっちの天ぷらもすげ~旨いよ。」 「あ、本当だ。ちょっと美味しいすぎる・・・」 まる一日以上ほとんど何も口にしていない二人は飢えたハイエナのようにテーブルの上の器を綺麗に空にしていった。 「もう・・・食べられない・・・ご馳走様でした。」 揺が苦しそうにお腹をさすりながら言った。 「ほら、お兄ちゃんはまだ食べられるだろ?折角おにぎりも作ったのに・・」 「いや、僕ももうお腹いっぱい・・」 「あれ、もったいない。じゃこれ包んであげるからもってお行きなさいな。」 老婆はそういうとおにぎりを竹の皮に包んでくれた。 そしてりんごを三つ一緒に袋に入れてくれた。 店主と老婆に見送られ店を後にする二人。 「あ~~お腹いっぱい。何だかすごく幸せだわ~。」 揺はそう叫ぶとビョンホンの腕に抱きついた。 「ああ。あったかいし幸せだ・・・今もこの先もずっと幸せだ。きっと揺がいるから」 「ねえ、何かあった?」と揺。 「えっ、何で?」ビョンホンは慌てた。 「だっていつもとなんか違うから。お腹すきすぎたからかと思ったけどお腹がいっぱいになってもなんか考えてるみたい」 (俺もまだまだだな・・)ビョンホンは心の中でそうつぶやいた。 「そうかな。別にいつもと同じだよ。ほら。」 そういうとビョンホンは揺を道路端の生垣に押し付けた。 「何?ちょっと・・まずい・・」 「黙って」 彼の唇が揺の言葉を遮った。 (ビョンホン・・・落ち着けよ。お前が動揺してどうするんだ・・) 彼はいつもどおりに彼女にキスをしながら胸の中でそう自分に言い聞かせた。 |